いっそ馬に蹴られて死ねたなら

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「ソルトとシュガーが結ばれるのは運命よ。ペッパー、あんたの出る幕はないわ」
「そんなの、捻じ曲げて見せるに決まってる」
 私はロッキングチェアに身を預けて、深いため息をつく。もう何を言っても無駄なのは、私が一番よく分かっている。
 ペッパーは自信満々にホレ薬を作っている。作成にはもう五十六回も失敗しているのに、諦める様子はない。
「諦めなさいよ、もう」
 無駄だと分かりきっている言葉は、弱弱しく空気に溶けた。
 そう、分かりきっている。私たち四人は子供のころから一緒にすごしているから、ソルトとシュガーがどれだけ相思相愛なのか、ペッパーがどれだけ長いことシュガーに片想いし続けてきたのか、分かりすぎるほどに分かっている。
 間に挟まれて、私の胃はもう爆発しそうなくらいキリキリしている。
「恋愛は戦争だ。ソルトだっていっつもそう言ってるじゃないか、かかってきなさいって。バルサが気を揉む必要は全くないだろ」
 ごりごりとヒルガオの花を乾燥させたものをすりつぶしながら、ペッパーも私がしつこすぎてうんざりした調子だ。
 けれど黒焦げのカマキリを取り出したところで、ハッと手を止めた。
「まさかバルサ、あんたまでシュガーが好き、とか言い出さないだろうな?」
「バカ言わないでよ。あいにく私、シュガーの良さがちっともわかんないのよね。優柔不断だし朴念仁だし、背だって高いとは言い難いし運動できないし友達少ないしビビリだし、顔だってウスターのほうがカッコいいでしょ。あと私あいつがどうでもいい記念日を無駄に大事にするところどーも女々しくて苦手なのよね」
「……やめろよ、そんな奴に必死になってる自分が空しくなるだろ」
「なりなさいなりなさい。空しくなりなさい」
 そんなこと言いながらも、ペッパーの手の動きはすでに再開していて、空しいのはこっちの方だ。
 そんなやつのどこが好きなの、なんて二度と聞くもんか。
 そうしたら、ガサツなくせに仲間内で一番乙女なペッパーは、ほんのり頬を染め、蚊の鳴くような声で「記念日を大事にするところ」と答えるのは分かってる。
 分かってるんだよ……なんども聞かされたから。
「やめなよ、運命を捻じ曲げるなんてさ……」
 すり鉢のなかでは、ペッパーの溢れる愛情が惚れ薬という形になって完成する。私の零れた吐息は深いため息になる。
 もう諦めてしまおうかと思いながら、いやと心の中で首を振る。
 ペッパーは今回も運命を捻じ曲げるだろう。でもそれは、正史じゃない。捻じ曲げられた運命は世界に致命的なひずみを作って、世界を終焉に導いてしまうのだ。
 だから私は何度でも繰り返して、正しい未来へと導かなくてはならない。それが、最初にペッパーを煽った私への罰だ。
 世界の為に親友の恋路を邪魔しなくちゃならないなんて……いっそ馬に蹴られて死ねたならいいのに。
 逃避を口にしないように唇を真一文字に結ぶと、私は今回を諦めてペッパーの惚れ薬を見守る。


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書いたの:2016/2/12フリーワンライ企画にて
お題:溢れる愛情、零れる吐息 終焉 運命を捻じ曲げてでも
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