必然の引き起こし方

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「偶然、三回続けば必然、って言うじゃない」
 図書館にやってきた一花がいつになく真剣な顔をして言うから、あたしは思わず本から顔を上げて「はあ」と相槌を打った。あんまり聞いたことないけど。
「あと一回なのに全然来ないのよ!」
「……ごめん、何が?」
 いろいろ段階をすっとばして喋っている一花に、藪蛇と思いつつも最初から説明を求める。どうやら憤慨しているご様子であるのはたしかだ。
「ジョンよ!」
 直感で、めんどくさくなりそうだな、と思った。
 一花がそう呼んだのは隣のクラスのハーフの子だ。身長が高くて色白で目鼻が通っていて、まあ、イケメンだろう。きっと狙ってるのは一花だけじゃない。クラスのギャルがメアド聞きに行ってたのを見たことあるし。断られてたけど。
「二回続いた偶然って?」
「朝と帰りの電車が一緒になったの」
「お、おう」
 それは二回でも三回でも偶然じゃないだろう。学校が同じで家の方向が一緒なら必然だ。
「別に偶然でも必然でもどっちでもいいのよ。ジョンとお近づきになりたいだけなんだから」
「まあ……まあそうだろうけど」
「あと一回一緒になれば、『よく会うね』って声かけられるじゃない。チラチラ思わせぶりな態度でこっち見てきたから、向こうも私に気づいてると思うのよね」
「別に二回目でも声かければ良かったのでは……」
「だってあと一回揃えば運命だし」
「えっ必然って話だったのでは」
「運命って必然でしょ?」
 話がずれてきた。自覚があるのか、一花は一瞬不思議そうに首をかしげてから、小さく咳払いをした。
「とにかく、一向に起きないイベントをただ口を開けて待ってるのは性に合わないから、必然にするために自分で動こうと思うんだけど、知恵を貸してくれない?」
「そんなこと言われたって」
「こういうの、好きでしょ」
 分かってるんだから、と言わんばかりの顔で一花は私が手に持ったままの恋愛小説を突く。
 フィクションを読むのが好きなだけで、リアルをたくらむのが好きなわけじゃないのだけど。
「ストーキングして待ち伏せするしかないじゃないの?」
「うーんジョンってバスケ部じゃない。試合前だから夜遅くまで練習してるし待つのつらいよー」
「前二回のときだってそうじゃない。その時は何してたのさ」
「駅前のゲオで漫画の立ち読みしてたの。だからホント偶然! 運命!」
「ああ、そう……」
 寄り道いくない、と高校生になって今更言うつもりはないけど、さすがにあきれて何もいえねぇ。
「最近読みたい漫画ないのよね。それに帰ってゲームしたいし」
 うっかり「今なにプレイしてるの?」と尋ねそうになって、いやそうじゃないと言葉を飲み込む。
 一花のことだから、どうせ乙女ゲーだ。もう三次元の男なんて忘れて二次元とケッコンすればいいのに。
「ジョンが早く帰ってくれる方法ないかなー」
「無理だろ……」
 自分から動こうとか言ってた割に随分受け身だ。
「あ、これはどう! いっそ怪我をさせれば練習に出れなくなって早く帰るんじゃないかしら」
「犯罪です」
 考え方が病んでる。
「それもこれもジョンがライクかラブかどっちか分からない態度をしているからよ!」
「そもそもライクかも分からないはずでは……」
 ぐだぐだ会話をしていたら、司書さんに「静かに」と怒られた。
 活動中の図書局の視線も痛い。本を片づけると、撤収することにした。
 当然のようについてきた一花が、生徒玄関までやってきた時になって、離れた場所にある体育館の方角を気にする。
「バスケ部は……まだ活動中かなぁ」
「見てきたらいいじゃない」
「見つかったら恥ずかしい」
 積極的なのか消極的なのか分からない。もう気にしないことにしよう。
 そんな時、ドヤドヤと賑やかな声が廊下の向こうから聞こえてきた。どこかの団体の活動が終わったらしい。
「ジョ……」
 横一列になるとまるで壁のようなバスケ部軍団、その先頭を歩く問題の彼の姿を見て、一花が名前を呼びかけ、慌てて飲み込み私を掴んで下駄箱の後ろに隠れさせた。
 幸い私たちに気が付かなかった軍団は、下駄箱の中から外靴を放り投げるようにしてから靴を履きかえている。
「ジョン、今日も自転車?」
 汗まみれの眼鏡の坊主が泥だらけの靴を履きながらジョンに声をかけた。
「自転車ー」
「家近くなっていいよなぁ。電車代浮くし。俺も近所に引っ越したい」
「浮いても小遣い増えるわけじゃないけどな。むしろ歩いてケチれなくなったからマイナスだよー」
「なんだそりゃ残念だったな!ガハハ」
 笑い声が遠ざかり、腕を掴みっぱなしだった一花の拘束を解かれた私は自分の下駄箱前に戻って、後方に立つ一花を振り向く。
 呆然と立ち尽くした一花さんの一言。
「えっ引っ越したの……?」
 思わず私は先ほどまで読んでいた小説に出てきた言葉を呟いた。「ミゼーリア」と。


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書いたの:2015/6/26フリーワンライ企画にて
お題:ミゼーリア LIKEかLOVEかどっち? 思わせぶりな態度 偶然、3回続けば必然
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