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――また来週。この場所で。
 戦争が始まる前日の、緊迫した空気の中で交わされたその約束が果たされないまま、気が付けばもう数十年の年月が経っていた。
 毎週日曜日の午前十時から日が暮れるまでの長い間、公園のベンチでコーヒーを飲みながら待ち人が来ないままぼんやりするのは、もはやただの習慣だ。
 繰り返し頭の中で反芻してきたはずの言葉はもう響きだけで声の記憶がなく、瞼の裏に焼き付けたはずの恋しい背中もいつの日にかただの影になった。遺された私にとってこのベンチに座ることだけが、全てを押し流そうとする残酷な時の流れへの小さな反抗だった。
 楽しげに遊ぶ子供たちを日傘の下で見守り、今日も一日を終えて、最後に見た夏の夕焼けは今日はやけに目に染みた。やけにセンチメンタルになってしまうのは、昨日受け取ったばかりの検診の結果が思っていた以上に悪かったかもしれない。
 私にはもうこの日々も長くは続けられないのだ。
 そっと目を伏せると、視界の隅に緑色の光がふわりと横切った。
 蛍だと、思わず顔をあげる。
 戦後、環境の変化で一時消えた蛍が住民たちの涙ぐましい努力と最新のクローン技術とやらでまた帰って来たのは、つい最近のことだった。
 結局、一人で見てしまったと思わず苦笑を漏らす。しかもよりによって、このタイミングで。
 最後に会った日に二人で見た蛍を、次に見る時も二人でと願っていたのに。
――否。
 私は一度、戦争が終わってすぐ最初に待ちぼうけたあの日、季節外れの蛍を見ていた。幻影のように、泣く私の周りを舞って消えたあの優しい光。
 あれはきっと蛍だった。
「キヨヒトさん……」
 もはやただの記号に等しくなりつつある彼の名前を呼びながら、私はついに顔を覆って嗚咽を漏らした。


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書いたの:2016/5/29フリーワンライ企画にて
お題:恋しい背中 クローン 季節外れの蛍
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