はちみつ詰め合わせ

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 ただいまと玄関で言うなり、甘い匂いが鼻を突いた。部活でくたくたの体には、中々耐え難い匂いだ。
 台所に直行するとお母さんがホットケーキを皿に積み上げていた。
「ほら、甘い匂いに誘われて、また蝶がやってきた」
「蝶? 蛾の間違いじゃない?」
「誰が蛾よ」
「最近ケバいんだよ」
 カウンターに座ってホットケーキが焼きあがるのを待ちながら私に生意気なことを言った弟の頭を軽く叩く。反抗期のせいか、最近こういうヤリトリが多い。
「どうしたのこれ?」
 正直言って、お母さんはあんまりお菓子を作らない。幼稚園のころからずっと、おやつは市販のお菓子で済ませてきた家だ。
「ミツルがばーちゃんからはちみつもらってきてね。食べ比べたいって言うから」
 ボウルに残ったタネをかき集めながらお母さんはそう言った。そのわきには、お歳暮か何かでよく見るような詰め合わせの箱が置いてある。
 覗き込んでみた箱の中には、濃淡様々な色のはちみつが、宝石みたいに並べられていた。レンゲにみかん花、コーヒー花なんて見たことのないものもある。
「ほら、食べるなら手を洗ってきなさい。ミツルは紅茶入れる準備して」
「はあい」
 最後の一枚をひっくり返すのを眺めていた私は、慌てて洗面所に引き返した。


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書いたの:2016/4/9フリーワンライ企画にて
お題:甘い臭いに誘われ蝶となる
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