繋ぎ止める手

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 登校時間はいつも憂鬱だ。
「おはよう蛍」
「おはよ志乃」
 改札前で志乃に会う。ここで会う以上、いつも同じ時間に同じ地下鉄に乗っているはずなのに、車内で会ったためしがない。それなりに満員で同じ制服ばかりだから、あまり探そうとも思わないけど。
「今日体育外周だってね」
「だるいね」
 だらだらと会話しながら、他の生徒たちの流れに合わせて高校まで続く下り坂を下りていく。みんな毎日同じ時間に、同じ地下鉄に乗ってくるんだろう。名前を知らなくても、見知った顔がいくつもある。
――だから私が、時間をずらせばいいんだろうなって、思う。
「まーた高槻夫婦が一緒に登校だよ。朝からおアツいねぇ」
 交差点の向こうに見つけた二つの後ろ姿に、志乃がそんな感想を漏らした。
 私は普段は無視するような車通りの少ない赤信号の前で足を止める。
 高槻秀哉と堀内遥。毎日同じ時間に、私とは別方向の地下鉄に乗って二人で登校してきていた。
 私と志乃みたいに改札で会って流れで一緒に、じゃない。最初から、家から出るところから二人だ。
 後ろ姿なのに、会話が弾んでいるのが分かる。低血圧気味で朝は苦手な高槻に、にこやかに遥が話しかけている。他のカップルのように手を繋いでこそいないものの、傍から見たら完全に恋人同士だ。
「いいよね、美男美女カップル。家が隣で幼馴染とか、それなんて漫画? あー、あたしも彼氏ほしー」
「でもあの二人、付き合ってないんだって」
「えっまじ?」
 私の声に志乃が目を丸くして振り向く。私は無感情を装って頷く。
「高槻、別に彼女いるんだって」
「まじでか。遥よりいい女ってどんだけよ!」
「……見る目がないだけなんじゃない」
「あり得る!」
 薄く笑うと、志乃も手を叩いて笑った。
「でも遥の方はさあ、絶対高槻のこと好きだろうね。ありゃ間違いないよ。なんだかんだ言って十年後には結婚してそう」
「さあ……どうだろうね」
――その『彼女』って、私なの
 今日も言えない一言は、飲み込まれて胃の腑に落ち、跡形もなく溶けた気がした。



「なあなあ、いつまで付き合ってること黙ってればいーのー?」
 放課後、誰も居なくなった教室の中、机の上に組んだ腕に顔を乗せ、高槻は不満げに私を上目使いでみた。
「別に、言いふらす必要ないじゃない」
「そうかなぁ、いやそうかもしんないけど、隠しておく必要はないんじゃね? 嘘ついてるみたいで心苦しいんだけど」
 ブツブツ文句をたれる高槻を無視して、私は週末の予定を埋めるために、映画館から昨日の内にもらってきた上映案内を広げる。
「どれみる? 私が気になるのは……これかこれかなー。これも気になるけど、続編だし。前の奴みた?」
「あ、見た見た。面白かった」
「映画館?」
「や、DVD。先週遥が借りてきたからみんなで見た」
 聞きたくなかった情報だ。みんな、っていうのは彼ら家族も含んでいて、別に二人きりじゃないのは知ってる、けど。
「……そう」
 遥に対し、高槻が一切恋愛感情を持っていないのは分かっている。だからこそ、私との会話に気軽に遥の名前が出る。
 それをデリカシーがない、と非難してしまうのは簡単だ。一言いえば気を使ってくれるだろう、という淡い期待だってある。
 でもそうしたら、もう勝てない気もした。
「じゃあ、これにしようか。昼過ぎの回でいい?」
「おけおけ、でもさー、話戻すけど、映画館とかで誰かにあったらどうする? どう誤魔化せばいい?」
「その時は……その時で。私も覚悟決める」
 私の決意に、高槻が顔をほころばせる。そんなにつらいことだったんだろうか。我儘だったのかな。
 そもそも今このやりとりの状況だって、誰かに見られたら私たちの関係はあっさりばれるだろう。委員会が同じだから、なんて理屈を信じるやつは早々いない。私はそれに、気が付かないふりをしている。
「――シュウくん?」
 ぼんやり上映案内を眺めていたら。教室の入口から不思議そうな声が聞こえた。慌ててパンフレットをノートの下に隠す。
 顔を上げると、問題の遥だ。私を一瞬だけ気にしたようだったけど、ゆっくりとこちらに近づいてくる。、
「まだいたの?」
「お前こそ」
「わたしは部活。忘れ物したの」
 私の席から二つほど離れた机から筆入れを引き抜いて、吹奏楽部の遥はにっこりと笑う。
 首だけ回してそれを見ていた高槻はふうんと興味なさそうな声を出して、私の方に向き直った。
 会話は当然打ち切られ、そのまま私の存在をスルーしたまま、遥は教室を出ていくかに見えた。
「ねぇ、もしかして、違ってたら申し訳ないんだけど、付き合ってるの?」
 机の前で立ち止まったまま、遥が何のことでも無いように尋ねる。ノートを見る振りをして俯いていた私はぎくりと固まった。
 高槻はどうすると言わんばかりの顔でこちらを見たが、私はまだ迷っている。
 反応できないままでいると、遥は小さく肩を竦めた。
「シュウくん好きなコできるとすぐ顔にでるから。良かったね」
 何が良かったのか。余裕すらうかがえる遥に、私は困惑したまま彼女の顔を見返した。
  遥は微笑んでいた。傷ついたそぶりすらない。
「お前なー。余計なこと言わなくていいよ。シッシッ」
 私が何か言うよりも先に、高槻が鬱陶しそうに右手を振った。遥はくすくす笑って「じゃあね」と教室を出ていく。
「あー、バレちまった。あいつ口硬いから大丈夫だと思うけど……」
 再び俯いた私に、高槻は下から顔を覗き込む。
「蛍ってさ、遥のこと嫌い? あいつあんま女子の友達すくないみたいなんだけど、あ、だから、言いふらさせなくて大丈夫っていうか」
「嫌いだなんて、そんな。出来ればもっと仲良くしたいんだけど」
「なら、いいんだけど」
 微妙な雰囲気になった。なんとなく帰る空気になって、そそくさと鞄にノート類を仕舞い込む。
 教室を出る段階になって、思わずこんな提案をした。
「手、つなぎたいな」
「いいの? 誰かに見られたら恥ずかしいんじゃないの?」
「もう、いいかなって」
 嬉しそうに差し出された手を、おずおずと握り返す。初めて握った高槻の手は、暖かくて、柔らかかった。


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書いたの:2015/6/12フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:手を繋ぐ 嫌いだなんてそんな
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