ゴートゥー青春三妖怪

TOP



「金木犀の味がするわ」
「臭いじゃなくて?」
「ええ」
 雰囲気たっぷりにワイングラスを揺らしながらヴェンデッタは言った。真っ赤な唇に長い黒髪が張り付いたのを指でそっと剥がす。
 ここがもし暖炉の明かりが灯るような大きな洋館だったら、きっと写真の一枚でもとらせてほしいと頼み込むに違いない。けれどこの場所は学校のそばにある大きな公園の、池の前にあるベンチだし、おまけにワイングラスだって、携帯できるように足とカップ部分が嵌め込み式のプラスチックのやつだ。少し残念すぎる。
「今日の気分にぴったり」
 彼女は機嫌よさげに再びワイングラスに口をつけ、楽しそうに微笑む。
「そうだね」
 あたしは近くのコンビニで買った飴玉を口に含んでとりあえず頷いた。眼玉アメなんて物騒な名前がついているけど、似てるだけで普通の飴だ。
 今日は小春日和で昨日よりは暖かかった。ヴェンデッタのためにベンチにくくりつけた黒くて大きなこうもり傘に、時おりはらはらと銀杏の黄色い葉が降ってくる。
「一体どんな人間の血かしら。菜食主義者かな」
 確かめるように目を細めて私を見たけれど、当然答えられるはずもない。幸か不幸か、私はヒトの血肉を口にしなくてはならない種族じゃない。新妖怪と呼ばれる別々の妖怪のハーフであるわたしは、太古からいるヴェンデッタのような吸血鬼種と違って、力は弱い分多少生きやすいようにできている。まあ私はカーバンクルとユニコーンの混血だから、仮にどちらか片方の純血だとしても、あまり力のある生き物ではないけれど。
 笑ってごまかすと、サクサクと枯れ葉を踏む音が近づいてきた。
「見つけた! またこんなところで買い食いしてー。つか待ち合わせのところにいろよ、探したじゃん」
 声に振り返ると、茶色の髪に銀杏の葉をつけて、エナが息を切らしていた。
「あなたが遅れて来るからでしょう」
「どこで道草をくってたの?」
 二人で口ぐちに言えば、エナはムッとへの字に口をまげて、嫌がらせのように私とヴェンデッタの間に無理やり腰を下ろす。ベンチは多分二人掛けで、いくらヴェンデッタがマッチ棒みたいに細いとはいえ、標準体型の他の二人も収まれば、途端に「狭い狭い」と文句が全員から出た。
「なんかへんなのに絡まれたんだよ」
 窮屈な中、さっき自分で買い食いを咎めた癖に、エナはガサガサとコンビニのビニールを開けて、中からジャーキーを取り出した。火竜の血を引く彼女は三人の中で誰よりも肉食だ。
「へんなの?」
「なんつーか、ナンパ? だと思う」
「あら、おモテになりますこと。爆発してくださる?」
 飲み終えたワイングラスを分解しながら、ヴェンデッタが投げやりに言い、お前が言うなとそれにエナが返す。男女問わず一番もてるのはヴェンデッタだ。もっとも、彼女はファッションからなにまで全身で吸血鬼アピールしているので、中々特攻をかけられる者は少ない。高嶺の花として憧れるのが関の山だ。話してみると、結構気さくなんだけど。
「どんな人?」
「最近帰りに電車でよく一緒になるなーと思ってたヤツ。名前だけでもってしつこいから教えちゃったよ……」
「不用心な人ね」
 ヴェンデッタが眉をひそめた。それが心配しているからこその文句であるのだと、長い付き合いだから分かる。それでもエナは「悪かったな」と悪態をついて、ジャーキーを食いちぎる。それから少し間をおいて「次から電車ずらすから」と解決策を口にした。ヴェンデッタが頷き、わたしもそうしたほうがいいよと言う。
「それで、今日の予定はなんだっけ」
「駅前にできたお店でパンケーキだよ」
「そんだけ買い食いしたあとで!?」
「最初からそう連絡したでしょう。別腹よ」
 傘に積もった葉っぱを払ってから、ヴェンデッタが立ち上がる。空のペットボトルをそばのゴミ箱に投げ捨てた。あれ一本分の血液は夕飯一回分に相当するらしいのだけど、彼女はこれからのスイーツに一番乗り気だ。
「……女子力高いんだか高くないんだかわかんねぇ」
 エナと私は顔を見合わせると、肩を竦めて笑った。


TOP

書いたの:2014/12/13 フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:金木犀 落ち葉
Copyright 2014 chiaki mizumachi all rights reserved.