助けを求めて縋った手は、いつも振りほどかれてきた。
それでもどうにか握った手は、知らぬ間に熱を失って、死んだように冷たかった。
「どう……かな」
体にフィットするような曲線を描いた純白に包まれ、鏡越しに彼女は気恥ずかしそうに笑った。
「似合わないだろう?」
マーメイドラインというのだ、と先日教わったが、人魚になったのはこちらのようで、声を失って僕は黙り込む。
綺麗だよ、と本音をいうのは負けのような気がした。
そして少なくとも、彼女が望んでいる言葉ではない。僕が言いたい言葉でもない。
「どうせならいっそ、フリルのたくさんついた、お姫様みたいなヤツにしたかったんだが、ばあやに反対されてね」
気の利いた言葉一つ言えない僕に、彼女は自嘲的に微笑んだ。にこりとも笑えない僕を見て、彼女は俯いて、スパンコールのついたスカートを撫でる。
「ボクは結局、君の王子様にはなれなかったな」
ごめん、と続けた彼女に僕はゆっくりと首を振る。
――王子様は、お姫様を助けるものだ。だからボクは君の王子様になる。
僕は幼いころから彼女が繰り返した言葉を反芻する。
いつだって彼女は僕を助けてくれた。僕が辛いときにはすぐにやってきて、問題を解決してくれた。辛い時には励まし、叱られるときは一緒に、石を投げたいじめっ子には石を投げ返してくれた。けれどやっぱり彼女でも、自身の出生まで覆すことはできなかった。
僕はまだ彼女を必要としているのに、明日、顔も知らない別の男のモノになろうとしている。望みもしない婚礼。逃れる術を二人で考えたけど、どれだけ考えても答えは一つしか出なかった。
「まだ、終わりじゃないよ」
僕はやっとのことでそういうと、ドレッサーの引き出しから小さなチョコレートの小箱を取り出した。
中には可憐なチョコレート。一口食べればきっと、眠るようにここから連れ出してくれる。
「これは救いじゃないよ。君は救われない」
彼女は両手を箱の上に重ね、そっと突き放す。
彼女は最後までこの案に反対していた。どんなにつらくとも、二人で生きていこうと。
「死んだように生きることと、死ぬのとどう違うんだ」
誰の物にもなりたくない。ましてや彼女をさせたくはない。
彼女はそれはと口ごもった。死んだように生きても苦痛が続くなら、僕たちは後者を選ぶ。
「最期は、僕が助ける」
僕は決意で箱の上から手をどけて、可憐な毒を口に含んだ。
書いたの:2015/5/29フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:決意 縋った手は 記念日前夜
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