デストピア

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「逃げたい」
 そう言ったら、衛はきっと何も言わずについてきてくれると分かっていた。
 けれど私に足りないのは覚悟か勇気か、あるいはどちらもか、道連れにすることができなくて結局彼に言いだせなかった。
 きっと彼と二人どこへ行ったって逃げられっこないから、行き着く先は死しかないのだもの。それは私の望みと相反する。
「ねえ、どうして私を選んだの?」
 見知らぬ街へ向かうバスの最後尾の座席、となりで景色を眺めていたリッシュは穢れを知らないような顔で、気軽に私にそう尋ねる。
 実際知らないのだ。穢れなんて。家庭用アンドロイドはどんなに人間に近づいたってただのお人形だ。
「あ、あの、ごめんね、私なんかが存在の理由を求めるなんて、図々しいよね」
 何も答えなかった私に、リッシュは卑屈に俯いた。
 存在の理由なんて、人間の私なんかより、アンドロイドの彼女たちのほうがよっぽどある。リッシュ私の母から与えられた役割は、私の『親友』だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 平日昼間のバスの中はがらんとして私以外に人の姿はなく、いくつもの停留所を素通りして行く。すれ違う車はトラックばかりだと分かっているのに、つい衛の姿や彼の白い軽自動車を探してしまう。
「……リッシュしか頼れる人がいなかったの」
 ぽろりとこぼした私の声は、ほとんどが嘘で、ほんの少しの真実。それはリッシュのスピーカーに落ちると、彼女から満面の笑顔を引き出せる。
「ふふ、珍しい。なんだからちょっと気味が悪いね」
「……もう二度と言わない」
「うそうそ!」
 慌てた彼女の声にかぶせて、スルーされるためだけにバスのアナウンスが流れる。この先も乗る者の無いこのバスは、終点の隣の市まで止まることはない。私が生まれるよりもずっと大昔はこのバスももっと大型で、たくさんの人を乗せていたらしいのに、明日には廃止されるらしい。このバスだけじゃない、全てのルートのバス、そして電車もだ。もう人間には必要がないと判断されたのだ。
 だってもう、運ぶ人間がすくないのだ。大きな車体を一日に何度も動かす意味はない。老人たちは人形たちに管理された移動手段があるし、そもそも、遠出をする意味ももうない。首都から少しでも離れると、そこには過疎って誰もいなくなった土地にアンドロイドが人間のフリをして暮らしている場所があるだけだ。そこになんの感動もない。
 だから決行は今日しかなかった。明日からはいよいよ、どこへも逃げられない。
 リッシュはこの先の予定を問わない。逃げたい私に好きにすればいいと言った。自分が居れば私が思い切ったことはできない、簡単に連れ戻せると思っているからだ。この先私に壊されることを夢にも思わない。
「大変だね、まりっじぶるー」
 違う、と叫びそうになった口を引き結んで、私は窓の景色に集中する。リッシュを壊す計画の何度も反芻して確認する。
 衛のことは愛している。でも、世界の為に結ばれるなんて絶対いやだ。私が子供を産まないと世界が滅ぶなら、滅んでしまえばいい。
 絶対に逃げ切ってみせる、私と衛以外が老人と人形の、この世界から。


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書いたの:2017/5/7フリーワンライ企画にて
お題:君の甘さは気味悪い 足りないのは覚悟か勇気か
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