ドッペる彼女

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 駅から徒歩三分の場所にある、この図書館に来たのは、夏休みに入ってすぐのことだった。
「俺初めて来た」
「えー、何年も住んでるのに?」
「だって大体ネットか学校の図書館でことたりるし」
 俺の言い訳めいた言葉に、ふぅんとマナツは目を細めた。前回のデートはテストの前だったから、数週間ぶりのデートだというのに、今日も俺の彼女はクールだ。
 それでも白いワンピース姿の彼女は愛らしく、俺の口元はついつい緩む。本当は海に行きたかった。けれど俺の『マナツの水着姿が見たい』という下心を察してか、のらりくらりとかわされている。
 付き合い始めたのは去年の春だけど、去年の夏は二人の予定と天気が合わなくて結局海にいけなかった。海の向こうの大学にマナツは通っているから、あの時は予定を合わすのが大変だったのだ。
 今はそんなことないはずなのに、マナツは中々了承してくれない。
 水着がないとか、日焼けしたくないとかだ。水着がないなら一緒に買いに行くし、むしろ俺が作ってもいい。日焼けはそもそもしないはずだ。
 作るとしたらどんな水着がいいだろう。ビキニ……はさすがに着てくれないだろうか。先日発売されたアイドルの新曲の衣装みたいな、タンクトップとパレオのセパレートなら着てくれるかもしれない。再現できるだろうか。俺は脳内にデザインとそれを再現するためのシステムを構築しはじめる。
「……スミヤ、集中してないでしょ」
 などと考えていたら、マナツに見事に言い当てられた。ちっとも頭に入ってこない、なんたら伝送方式のセキュリティ云々、というタイトルだけは小難しそうな本から顔を上げ、俺はおどけて舌を出す。
「ばれたか」
 怒るかな、と思ったら、マナツはため息を吐き、こちらも小難しいどころか難しく思える英文の資料を閉じて悲しげに眉を下げた。
「やっぱり図書館つまんない? ごめんね、あたしが食事も出来ない体だから……」
 彼女の心境を反映するように、姿が一度明滅した。ヤバイと思って俺は慌てて彼女の手に触れる。感触は無機質で、なんの温かみもない。そこでやっと、彼女の状態を実感する。
「俺こそごめん、ついリアルな姿だったから、俺欲張った」
――ドッペルエディターというソフトが実用化され、一般販売されたのは、去年の秋のことだ。
 専用の素体に現実に存在する人間をコピーし、コピーされた本人だけが遠隔から操作することができる。まるでその場にいるような錯覚を覚えるが、このマナツはここにいるように見えても、本人はまだ海の向こうにいる。確かに日焼けはしないが、食事もできないし、感触も実物のそれとはまた少し違うように感じるらしい。
「傍にいれるだけで嬉しいんだった。ごめん」
 マナツはまだ悲しげにに眉を下げているが、それでも口元だけは笑ってくれた。
「海に行きたいんだよね? ……来月頭に帰るから、その時今度こそ行こう。いくら遠隔で操作できるからって、ドッペルで海に行ったって、あたしはつまんないもの」
 全く俺は自分のことしか考えてなかった。
 俺は冷たいドッペルの手を温めるように、両手で握りしめた。


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書いたの:2014/12/13 フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:3分 図書館 白いワンピース
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