悪女の最期

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「寒い……」
「やめて、つれていかないで」
 ガタガタと震える忍を抱きかかえ、私は必死に懇願した。けれど死神はただ静かに首を横に振るのみだ。
 やがてもういいよと忍はいい、そっと私の手を握り返す。
「年老いた光は見たくないからなぁ、だから、よかった」
 最期に忍はそう言って笑った。ちっともよくない。ちっともよくないよと繰り返した私の声は、もう届いていなかった。



 さんさんと降り注ぐ日の光に、思わず目を細める。待ちわびていた日がこんなよい天気に恵まれるとは思わなくて、私はぼんやりと縁側に座り込んだ。
 私を見送るのはきっと暗く冷たく、荒れた日になるだろうと思っていた。
「いらっしゃい、死神さん」
 私をここへ誘った黒影は、庭の玉砂利を踏みしめているはずなのに、近づいてくる足音が一切ない。この世のモノじゃないのだから、当然だ。初めてなら腰が抜けるほど驚いたかもしれない。けれど、彼に会うのは二度目だ。
「本当に、あなたは変わらないのね」
「……それを言うのは僕の台詞です。あなたも、前に会ったのが昨日だったかのように錯覚してしまいそうです」
 青白い顔をして、死神は悲しげに笑う。
「あなたは地獄行です。沢山殺しましたね。忍さんには会えません」
 私は静かに頷いた。忍を流行り病で失って以来、死は怖くなくなり、けれど老いが怖くなった。
 死ねば忍に会える、けれど、老いた姿で彼に会うわけにはいかない。
 だから老いを避けるために、なんでもした。妖しげな呪術に手を出して、何人もの若く美しい娘たちの生き血を啜り、ついに私は望みの体を手に入れた、けれど。
「そうよね」
 本末転倒とはこういうことなのだろう。結局、忍には会えない。
「では、行きましょうか」
 俯いた私に死神は優しく手を差し出す。
「お説教はしないの?」
「それは私の役目ではないので」
 誰一人として、私を罵ってはくれないのか。せめて荒天であればよかったのに。私の最期にこの天気は相応しくない。
 死神の手を取り、私はゆっくりと立ち上がる。
「そうね、早く行きましょう、ここは、暑いわ」


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書いたの:2016/2/21フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:「寒い」で始まって「暑いわ」で終る  年老いた光
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