バッドエンド

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「どうして」
 尋ねた流華の声は震えていた。どれだけ泣いたってあとのまつりだ。首筋から流れ落ちる紅はやがて別の色となり、彼女が人ではなくなったことを示すだろう。
 これで、私と同じものになるんだ。
 そう思うと気分が高揚してきて、流華が泣けばなくほどに、高笑いしてやりたくなる。
 唇を舐め、彼女が人間として流した最後の血の味を覚えていようと思う。どんなに美味でも、これはもう二度と味わえないのだと思うと、それがさらに気分を昂らせる。
――愛してるのは君だけ
 そう確かに言っていたはずなのに、いつのまにか「愛してる」は「愛した」になり、二度と離したくないと願ったはずの腕はほどかれて、さらに遠くへ行こうとしていた。
 最後だからと連れてきた湖の水面に映っていた流華の姿は徐々に薄くなり、私たちの背後にある月が透けて見えた。
「お前がいけないんだ」
 崩れ落ちた流華の青白い首筋を見ながら呟いた声は、自分で驚くほどうっとりしていた。このまま彼女を蹂躙してやりたい。組み敷いて、二度と彼女が出来なくなるであろうすべてを、耳元でささやくのだ。陽の下を歩けず、流れる水を渡れず、何にも姿が映らない、彼女はもうどこにも行かない。どこにも行けない。
 そんな彼女を誰が愛すというのか。ましてや私を化け物と罵り、殺そうとまでしたあいつが人でなくなった彼女を愛したりするはずがない。
 ああ、あいつは、魁人はどんな顔がするだろうか。また泣きわめいて、私と彼女を殺そうとするのだろうか。私をこうさせたあの化け物を殺した時みたいに。
 あの時本当に殺してくれたのなら、こんなことにならなかったのに。殺そうとしても殺せなかった。肝心なところで、あいつは意気地がない。
 私がこうなったことで、魁人が流華を選ぶのが必然なら、私を殺さなかったことで、流華がこうなることも必然だった。
「あなたを治してあげたかった」
 泣きながら流華はそう言ったが、私の心には響かなかった。だってそんな方法、ないんだよ。散々探して見つからなかったものが、海の向こうにあるというのか。そんなはずがあるものか。二人で手と手を取り合って旅立てば、きっと二度と戻らない。化け物になった私のことなど、すっかり忘れてしまうに違いない。
「違う、違うの」
 両手で顔を覆い、駄々っ子のように首を振る。すでに首筋の血は止まり、水面に流華の姿はない。
 もう戻れない。
「魁人は私を選んでない、魁人はずっと」
 続きは嗚咽で言葉にならならなかった。
 三人で過ごしたあの輝かしい時は戻らない。私たちがそろって向かうのは、暗くてどこまでも落ちていくような、深い闇の中だ。これでいつまでも一緒に行ける。二度と離れられたり忘れられたりすることはない。
「伽奈!」
 背後から男の声が私を呼ぶ。こんな時に私の名前を先に呼ぶバカが誰か、振り返らなくてもわかったから、今度こそちゃんと殺してくれることを願って、そっと目を閉じて息を止めた。


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書いたの:2014/11/22 フリーワンライ企画にて
お題:あとのまつり 水に映った月 愛したのは君だけ
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