ガールズトーク

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「傘、ありすぎ」
 久々に二人して調子に乗って飲みすぎたら、香澄の終電を逃してしまった。それ自体はよくあることなので駅から徒歩十五分の我が家へご招待したのだけど、入ってくるなりそう苦言を呈された。
「ビニ傘が沢山あるならまだだらしないで分かるけど、普通の雨傘が何本もあるってどういうこと? 一人暮らしなのに」
 香澄がそう言って指した傘立てには、色とりどりの傘が文字通り詰まっている。赤とかピンクが多いから、さながら花束のようだ。
「お姉ちゃんが……あ、上の方ね、遊びに来るたびに雨が降って帰るときに止んでるから忘れて帰るんだよ」
「なにそれ雨女?」
 どうなんだろ。帰る時には止んでいるのだから、雨女とは言い難いんじゃないかな。
 どっちにしろ勝手に処分していいものか分からなくて、狭いワンルームの玄関の片隅の傘立てはお姉ちゃん専用になりつつある。わざわざこんなことの為に電話するのも気が引けて、聞いてもいない。ビニール傘なら気軽に処分できちゃうんだけど。
「風水的によくないかな」
「いや風水的じゃなくてもよくないでしょ多分」
 香澄がパンプスを脱ぎ捨てたら、パコンと妙な音がした。
「まあでも、捨てにくいものってあるよね」
 小さなテーブルの前に座り込み、道すがらコンビニで買ったチューハイのプルタブを押し上げて香澄がため息をつく。
「元カレのもの、捨てにくいわ。捨てていいって言われたけど」
 つまみのイカを裂きながら私は黙って頷くにとどめる。この話題は居酒屋から何度もループしている。
「どうせなら嫌ってほしかったナァ」
 香澄は先日高三の時から付き合っている年上の彼氏から別れを切り出された。向こうが留学するから、自然消滅になるのを避けたっぽい。以来香澄は素面でも酔っていても気が付けばこの話題だ。
「この際だから断捨理したら」
「すっきりするかなぁ」
「断捨理も風水も本あるよ。もってく? 元はお姉ちゃんたちのだけど」
「またねえちゃんかよー」
 香澄は呆れた顔で笑いながら、チューハイを煽る。
「仲いいんだ。羨ましい」
「悪くはないってだけ。歳離れてるから」
 構われるのには慣れてるけど、こちらから構ってもらうにはちょっと気が引ける。そんな関係。
「そう? 聞いてるカンジだと可愛がられてるようにしか見えないけど」
「まあ……可愛がってもらってるけど。なんかきっかけがないと会話しにくい感じ」
 一人っこの香澄は不思議そうに首をかしげた。
「よくわからん」
「まあ私が勝手に思ってるだけだし」
「もっと甘えておけばよかったって、いつか思うんじゃない」
 プルタブをカチカチしながら香澄が分かったようなことを言う。どうも、その主語は自分と彼氏になっているような気がした。
 また話題がループしそう。
「対等でありたいとか思っちゃだめだって。こっちは年下なんだから。返せないのにーとか遠慮しちゃだめ」
 姉と妹の話をしているはずなのに、なんだか話がかみ合っていないようなもどかしい気分になる。
「そうかな? まあ結構甘えてるけどね。今香澄が座ってる駄目になるクッション買ってくれたのも下のお姉ちゃんだし」
「金づる扱い……!」
「歳が離れてるからね。しがない大学生とは財力が違うのよ」
 中々噛みきれないイカを無理に飲み込んだら、詰まりそうになって慌てて胸を叩いた。
 


 翌朝、カーテンを開けたら小雨が降っていた。
「雨だ」
「まじかぁ。傘ないのに」
「持って行っていいよ一本」
「え、お姉さんのなんでしょ?」
「お姉ちゃんなら一本くらい気にしないと思う」
 ミソラの姉ちゃん太っ腹ぁ、とまだ寝起きの顔の香澄が笑う。
 今夜は久々に電話しようかな、と思った。


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書いたの:2015/9/5フリーワンライ企画にて
お題:風水 傘の花束 どうせなら嫌ってほしかった
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