夏をとりもどせ!

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 それはお盆が終わり、久々に最高気温が夏日を下回った日のことだった。
「今年夏を満喫していなかった気がする……」
 そろそろ秋物の衣類を出しておこうかと言った私に、ソファでごろごろしながらファッション雑誌を読んでいた姉はむっつりしながらそう言った。
「そう? おばあちゃんちに行ったでしょ。十二分に夏楽しんだよ」
「そんなことないよ! 海にもプールにも行ってない! かき氷食べてない! 花火は河原で見たけどやってない!」
 雑誌をソファから落として、じたばたと暴れる。やってないやってないと更に彼女なりの夏らしいことをひとしきり並べたかと思えば、むくりと起き上って「ミヤマちゃん!」と私に拳を突き出す。
「今からでも遅くないでしょう? 夏をとりもどしましょう!」
――姉は昔から、宿題はギリギリになって慌ててやるタイプだ。
「はあ」
「まずはそうね、青いワンピースを着ましょう。去年のバーゲンで買った、お揃いのやつ。まだ一緒に着て出かけてなかったよね」
 クローゼットを開けて、言った通りバーゲンで買った、ノースリーブのワンピースを二着出してくる。私は何度か着ているが、姉が袖を通しているのは見たことがない。てっきり太って着られなくなったのかと思ったが、ただ忘れていただけのようで安心半分、がっかり半分。
 ルームウェアを脱ぎ捨て、ワンピを被って着ると、私に背中を向けてファスナーを閉めろと言い、そして私も半ば無理やり着替えさせられた。室内とはいえノースリーブは寒い。
「うーん、さすがに外に出るのは寒いかなぁ」
 窓を開けて外の空気を確認しながら言った姉は、言葉と裏腹に平気そうにしているが、私は無言でカーディガンを羽織る。
「まあいいわ、じゃあ、海に行こうか!」
「今からぁ? もう昼過ぎだよ。それにクラゲが出てるって」
「……じゃあかき氷を食べよう! 機械出して!」
「機械、姉さんが年末に断捨離に嵌ったときにもう使わないって捨てちゃったじゃない。忘れたの?」
 忘れたんだろうなぁ。だってもう断捨離のダの字もないもの。
「うぐっ、買いに行けばいいのよ。コンビニに。花火も買ってくるね」
 立ち上がって、颯爽と出て行った。こういうときだけ行動が早い。
「花火まだおいてあるかなぁ」
 そもそもこのワンピースを着て私と一緒に出かけたかったのではないのかと突っ込みつつ、私は姉が散らかしたままの雑誌とルームウェアを拾い集める。全く奔放な姉だ。
 仕方ないなぁと呟いて、私は年末なんでもかんでも捨てたがった姉の手から退避させるためにクローゼットの奥底に隠した箱を取り出して開けた。



「ミヤマちゃん! おでんが七十円セールだったよ! 大根好きだよね? あと卵!」
 雑誌の立ち読みでもしてきたのだろうか、一時間近くたってようやく帰って来た姉が、嬉しそうにコンビニ袋に入った器を掲げた。
「……かき氷と花火は?」
「あっ」
 窓から入った爽やかな風が、私がさっきつるしたばかりの風鈴を優しく揺らした。


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書いたの:2014/8/22 フリーワンライ企画にて
お題:かき氷 風鈴の音色
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