大足のシンデレラ

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 ぐっとかかとに力を込める。
 すでに大勢の人に試着されているだろうに、秋の新作の茶色いパンプスは固く、かかとを削られるような痛みに顔をしかめる。
 それでも足は収まった。収まったんだけど。
「……どう?」
「だめ」
 しかめっ面のまま首を横に振ると、そばで固唾をのんで見守っていた姉はため息を隠そうともしない。
「LLなのよ。それが一番大きいサイズなんだって」
「LLって25.5までなんだよ。私のサイズ、聞きたい?」
「悲しくなるから、聞きたくない」
 私もため息をついて、椅子に座ったまま、靴を脱ごうとヒールを引っ張る。履いた時と同じく、中でひっかかっていてなかなか抜けず、少し力を込めて、やっとすぽんと抜けた。
「ミヤマちゃんって、ほんとに足が大きいのねぇ」
 見た目は私と同じくらいなのに、と姉は言ったが、それは目が節穴すぎるだろうと思う。一目で見て、私の足は姉よりも大きい。
 昔から好き嫌いがはっきりしていて、好きと決めたものは中々手放したがらなかった姉は、気に入った靴を、サイズがきつくなっても履き続けるような子供だった。
 だからか、私たちの父も母も大足の、大足一家だったにも関わらず、姉の足は世間一般の常識の範囲内に収まるサイズをしている。纏足みたいな効果をもたらしたのだろう。
 一方妹の私はといえば、母が買ってきたものの姉が見向きもしなかった新品同様の靴を、サイズに余裕があっても履いたりしたから、それはもうのびのびと育ってしまった。今はもう、父と足の大きさを競えるレベルだ。
「じゃあ、お会計行ってくるね」
 私が入らなかったパンプスのワンサイズ下のそれをもって、さすがに姉はばつの悪そうな顔をした。それはたぶん、先ほど、姉が諦めたレギンスパンツをレジに持っていった私と同じような表情だったろう。おあいこだ。
 一人残された私は椅子に座ったまま未練がましく棚を眺めた。
 サイズの大きい靴は何故だかいつも棚の下に追いやられている。それだけ需要が少ないってことなんだろうけど、足の大きい人間は背が高いことも多いはずなのに、不便なことこの上ない。
 あの靴もそのブーツも、可愛らしいけれど、可愛らしいゆえに入らない。私の足が収まるサイズだと可愛らしくなくなる。たとえ何とか履けても、立つのが精いっぱいで、歩くこともできない。
 私が履けるのは、男女兼用の運動靴か、就活用に買った黒いパンプスだ。それでも店を何件もまわってやっと見つけた。
 嗚呼、一回でいいからぴったりサイズの流行りの靴を履いてみたい。それで歩けば、世界が輝くんじゃないだろうか。
 いっそ、つま先を切り落とすか、かかとを削るか。


「おまたせミヤマちゃん」
 少しして姉が、靴の箱がはいった袋を抱えて戻ってきた。
「どうする、別のお店行ってみる?」
「いいよ、もう……お茶して帰ろうよ」
 自分でも思ったより機嫌の悪そうな声がでた。姉は困った顔をする。
 怒ってないよ、悲しいだけなんだよ。などと言っても、たぶん余計に困るだけだろうな。
「三葉パーラーの、おおきいパフェ二人で食べよ」
 話題を変えると、ぱぁっと姉の顔が明るくなった。現金な人だ。空色のレギンスパンツを諦めたとき、彼女はダイエット宣言をした気がするのだけど、すでに忘れたらしいし、私も忘れよう。
「うん! ――あのね、ミヤマちゃん」
 地下へ向かうエスカレーターへ進みながら、姉が私を振り向く。
「思ったんだけど、ミヤマちゃんがシンデレラだったら、王子様は間違わずにすぐにミヤマちゃんを見つけられるだろうなって」
「はあ」
「早く王子様がミヤマちゃんにぴったりの靴持ってきてくれるといいね」
 そんな話じゃないし、そんな大足のシンデレラ嫌でしょ。グリム童話のシンデレラはむしろ小足だって話で――と思ったけど、明るいショッピングモールの中を歩いている内に、たぶん慰めているんだと途中で気づいたから、言わないことにした。


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書いたの:2014/9/20 フリーワンライ企画にて
お題:グリム童話
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