寒い日の朝

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「ミヤマちゃん、今日雪が降るらしいよお」
 ソファの上で着る毛布に埋もれ、テレビを見ながら姉が間延びした声を出した。
「寒いものね」
 私が頷くと、姉は「嫌ねぇ」と言って更に縮こまって丸くなる。
 姉は冬の生まれなのに暑いのは平気だけれど、寒いのは超が付くほど苦手だ。
 私はむしろ逆で、冬は寒ければ寒いほどいいと思う。暖冬は嫌だ。もっと本気が出るはずだ、と冬なのに暑苦しいことを考えてしまう。
「いいじゃない。もうすぐクリスマスだし、積もらないと寂しいよ」
「初雪は積もらないじゃない。少なくとも根雪にならないもの。それならクリスマス直前まで降らないで、クリスマスに積もってくれたらいいのに」
 そんないきなり積もられたら、心の準備ができない人が多いだろう。
「初雪は積もらないって、初恋は実らない、ってのと似てる気がしない?」
「どこらへんが?」
 なんだか今日の姉はポエミーだな。
 そんなことを考えながら、私はみかんの白い筋を塊のようなもの以外ほとんど取らず、四分の一ずつ割って口に放り込む。実家から段ボールいっぱいのそれを送られてしまって、正直今処理に困っている。
 大学の友人に袋一つ分あげて、姉は会社に少し持って行った。なのにまだ残っている。
「姉さんも食べる?」
 テーブルの上に並べたみかんを一つとって差し出そうとしたが、姉は「うーん」とはっきりしない声を上げた。
「ミヤマちゃんがむいてくれるなら、食べる」
「じゃあ食べなくていい」
 剥くだけならいいけれど、姉は白い筋を全部取りきらなければ食べない派なので、正直めんどくさい。
 自分でもめんどくさいと思ってるのか、姉も自分からあまり食べないから、余計に消費が遅いのだ。
 私は今日三つ目。そろそろ手が黄色い。
「クリスマス、ミヤマちゃん予定は?」
「バイト」
 素っ気なく返すと、今や毛布の塊に等しい姉はもぞりと形を変えて恨みがましい目でこちらを見た。
「姉さんは?」
「……なんにもない」
 ふて腐れて言うと、恨みがましい目のまま瞼を下してもぞもぞ背を向けた。起きてまだ一時間しかたってないけど、寝るつもりのようだ。
「姉さん、洗濯中でしょ」
「あとで干しますー」
 断言するけど今ここで寝たら絶対干さない。忘れて夕方悲鳴を上げるに決まってる。
「ミソラが冬休み、こっち来たいって」
 睡眠を妨害するために、実家に住んでいる末妹の名を出した。ぴくりと毛布が波打つ。
 ミソラは姉と少し年が離れていて、まだ高校生だ。私たち三姉妹の中で一番自分がしっかりしていると自分で思っており、少々面倒な妹ではあるが、まあ姉としてはそこも可愛いところである。
「ミソラちゃんが……?」
 毛布から出てきた同じく少々面倒な姉の顔はパッと輝き、嬉しそうにした。小学校すら被らない歳の差があると、学生時代は姉妹であっても中々接点を持てないもので、真ん中の私から見ても、二人が仲良くしているのを見始めたのは姉が大学を卒業する直前だった。しかしすぐに彼女はこの街で一人暮らしを始めてしまい、可愛がりたくても滅多に可愛がれない現状が続いている。
「いつくるとか、言ってた?」
「冬休み入ってすぐ、クリスマスすぎぐらいじゃないかな」
 大方プレゼント狙いだろう。財布の中身のことを考えると頭が痛いけれど、姉は社会人の余裕なのか、そんなこと一切気にしていない。少し羨ましい。
「三人で買い物に行こうね」
「うん」
 私が頷くと、洗面所で洗濯終了のアラームが鳴った。
 


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書いたの:2014/12/7 フリーワンライ企画にて
お題:この冬最初の雪 みかん
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