ホットケーキ食べたい

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 姉は少々、いや結構寝汚い。寝姿が汚いのではなく、意地汚いとかいう意味のほうの、汚いだ。余談だけど寝汚いと書いて「いぎたない」と読むと知ったのはつい最近のことで、ずっと「ねぎたない」と読んでいた自分が少し恥ずかしい。
 それはさておき。
「起きろー」
「うーん、あと五分……」
「いやそれ三十分前にも聞いたから」
 何もない休日なら気が済むまで放っておくけれど、昨日の晩の話では、お友達と約束があったはずである。ちなみに私は悲しいことに暇なので、だからこそこうして姉を叩き起こそうとしている。
「電車の時間いつ? 何時に出る予定?」
「じゅういちじはん……」
「朝ごはんは食べる? なにがいい?」
 ゆすったってタオルケットを引きはがしたって、蹴とばしたって(流石にしないけど)起きない姉の耳元でささやくと、姉がぽぞりと寝返りを打った。
「うー……ほっとけえき……チョコレートと生クリームたっぷりで……」
 目は相変わらず固く閉ざされたまま、眉間に皺を寄せてそんなことを答えてきた。
「朝から重くない?」
 というか友達との用事はケーキバイキングの予定のはずでは。軽めに済ませて備えておくべきじゃないかと思う。
「まあ、いいけど」
 昨日生クリームを買ってきたのに目ざとく気づいていたのかもしれない。冷蔵庫で干からびそうな野菜には目もくれないくせに甘味の気配には敏感な姉だった。
「まあ、ちょうど食べたかったからいいか」
 姉を転がしたまま、台所へ戻る。そのうち甘い匂いにひきつられて起きてくるに違いない。
 残念ながらチョコソースはないので、板チョコを溶かすところからだ。姉専用おやつ入れから一枚いただき、こんにちはチョコレート、そしてさようなら、とばかりに手で砕いてから牛乳を少し入れて電子レンジに突っ込む。
 生クリームはすでにホイップされているものだ。つまりあとはもうホットケーキミックスを指示通りに作って焼くだけ。あ、ちょっと放置しすぎて黒くなりすぎたバナナもあるんだった。
 一枚目を焼き始めたころになって、ようやく姉がのそのそと部屋から出て洗面所に向かっていった。 
「あー、ホットケーキかあ……」
 テーブルについてコーヒーを二人分のマグカップに注ぎながら、姉が言う。
「自分でリクエストしたくせに……」
「えっうそー。そんなこと言ってないよ! 朝から重いもの」
――寝起きの姉と普段の姉は別人格なんじゃないかと、たまに思う。
「食べないのなら別に冷凍しておくし……」
 とりあえず一人前のホットケーキにバナナを乗せ生クリームとチョコレートかけてテーブルに置くと、姉は自主的にフォークを取りに台所へ立った。食べるのか。
 私が自分の分を焼いて戻ってくると、姉はすでに三分の二を食べ終えていた。が、少し悲しげな顔をしている。この後の予定を心配しているのだろう。
「なんでホットケーキなんて言っちゃったんだろう」
「さあ……夢でも見たとか?」
 言われてみればホットケーキをリクエストされたことって今までない。それどころかあまり自宅でのホットケーキは好きじゃないようなことまで言っていた気がする。私は楽だし好きだから、結構一人の時は作って食べるけど。
「……見たような、見なかったような」
 フォークについたチョコレートをぺろりと舐めながら、姉は小さく首をかしげた。
「ミソラちゃんから昨日ホットケーキの写メが来たからかなぁ」
 突然の末妹の名前。なにそれ来てないけど。三人でグループもあるのだから、そちらに送ってくれればいいのに。
「ミヤマちゃんリアクション薄いから」
「ぐっ」
 そりゃあ姉みたくスタンプ連打したりしないけど。
「ミヤマちゃん好きだろうなーって感じのお店だったよ。パフェもあるんだって。今度帰ったら連れてってくれるって」
 連れてくのは妹でも、払うのは姉なんだろうなと思いながら、生クリームの白にまみれたバナナをフォークで突き刺す。
「……チョコまだ残ってるんだけど、かける?」
「うーんやめておこうか……ううんやっぱりかける」
 残ったホットケーキにチョコレートを垂らしながら、午後の姉の胃袋を心配した。



 おやつ時に姉から姉妹のグループへLINEが入った。泣いた顔のスタンプとお皿に盛られた色とりどりのケーキの画像付きで。
『どうしようミヤマちゃん、お腹いっぱいでバイキング食べられない』
 でしょうね、と思いながら私は慰める用のスタンプをタップした。


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書いたの:2015/9/6フリーワンライ企画お題使用
お題:こんにちは、チョコレート 電車 ホットケーキ
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