バス待ち中

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「ねぇミヤマちゃん一番最初の私の記憶って、どんなの?」
「覚えてるわけないでしょ。生まれてすぐのことなんだから」
 当たり前のことを当たり前のように返しながら、私は買ったばかりのコーンスープのプルタブをカチカチとやる。
 昨日、爪を短く切りすぎたのは失敗だった。上手く指にひっからず、指が滑るだけで中々缶が開けられない。
 すでにロイヤルミルクティを熱さを物ともせずごくごく飲んでいた姉が見かねたように笑うと、手袋をはずしていとも簡単に開けてくれた。
「違うよー。生まれてすぐの記憶じゃなくて。たとえばお姉ちゃんが覚えてるミヤマちゃん最初の記憶はー、階段から落ちていくミヤマちゃんかな」
「なにそれ?」
 ようやくありつけたコーンスープを猫舌故に慎重に一口飲み、暖かさがお腹の中に広がるのを感じながら私は隣の姉を見た。あの勢いからしてもうほとんど残っていないだろう缶を両手で握りこみ、姉は寒そうに身を縮みこませている。
「多分まだミヤマちゃんが歩いてないころだと思うんだけど……階段を這って登ろうとしていてね、お姉ちゃんは上からそれを見ているんだけど、ミヤマちゃん、滑って下まで落っこちて、床に頭をごちんするのよ」
 当然だが、まったく覚えていない。
「でもそのあとの記憶が不思議でね、お母さんが飛んできてミヤマちゃんを座布団の上に寝かせたんだけど、そのミヤマちゃんはどう見てもハイハイどころか寝返りも出来なさそうな赤ちゃんの姿の記憶なのよ」
「良くわからないけど、夢でもみたんじゃないの、それ」
 あるいは、写真か何かで記憶を補完しているかだ。
 行く先の見えないぐだぐだとした会話をしながら、私は空を見上げた。今にも雪が降ってきそうな曇り空で、見ているだけで寒々しくなる。
 私たちは、バスを待っている。
 除雪の行き届いていない道路は見るからに混んでいて、時間通りにバスが来ることは望み薄だ。
「姉さんのことはあんまり覚えていないなぁ」
「えっひどい!」
「森林公園で一緒にミヤマオダマキを見つけたのは、私も小学生の頃だから最初じゃないし……」
――ミヤマちゃん。あれがミヤマちゃんとおんなじ名前のオダマキだよ。
 続いた言葉は綺麗だったか可愛いだったか、もう覚えていないけれど。
 さらにそれから図鑑を見て、オダマキの花言葉が「必ず手に入れる」「断固として勝つ」というやたらと執念深いもので、もっと可憐なものを想像していた私はコメントに困ったことだけは覚えている。
「ミソラのなら覚えてるよ」
 少し記憶を巡らせただけで、姉の記憶に比べれば最近ということになる(比べればの話で、さすがに最近ではない)、妹の名前を出した。
「病院から帰ってきて座布団に寝かされてるのを二人で眺めたよね」
 抱きかかえさせてもらった初めての妹は思っていたよりも大きくて、幼稚園児の私は抱き上げることができず、座ったままのしかかられるような形になったことを覚えている。
 あれ、もしかしてこれが姉さんとの最初の記憶でもあるかな。
 しかし、どんだけ座布団に寝かせるのが好きなんだうちの母は。ベビーベッドもあったはずなのに。
「踏みそうになって怖かったよねぇ」
「……それは姉さんだけだと思う」
 そもそも座布団を踏んじゃいけません。
 ちらちらと雪が時折舞う様になった。そろそろ限界だ。コンビニに退避することも考えないといけない。ミソラはかわいそうだけど、ついたら連絡もらうということにして。
「今日はお鍋がいいなぁ」
 ミルクティを飲み干して、空き缶を持て余す姉がひっそりと呟いた。
 それに答えるより先に、遥か遠くにあるバスらしき影に気が付いた。それが私たち二人がずっと待っている、妹を乗せたバスだといいなと心底思いながら、缶のなかから転がり落ちてきたコーンを飲み込んだ。


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書いたの:2015/2/6 フリーワンライ企画にて
お題:花(ミヤマオダマキ) 曇り空 爪を短く切りすぎた 一番最初の記憶
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