元々村娘元屍、今女子高生

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 昔々どこかの名もなき世界で、私は普通の人間だった。……いや今も普通の人間だけど。
 たしか花農家の娘だった。将来は隣に住む幼馴染と結婚して、農家を継ぐ。そんな夢が現実になると信じて疑わない、そんな人間だった。
 有り体にいうと、夢は叶わなかった。
 私が十五になったころ、死体卿だか死体魔王だか、自分で自分をそんな風に呼称するイタイ奴にあっという間に村が滅ぼされて、私も殺されてしまったからだ。
 そして私はその後十年、幼馴染の手によってもう一度殺されるまで、その男に仕えさせられることとなる。
生きる屍(リビングデッド)として。



 そして今。それとは違う、この名もなき世界で。
「全くもって、嘆かわしい」
 この世界の男性にしては長い部類に入る肩より少し下にある毛先をもてあそびながら、そういって『まーくん』はため息をついた。
「はあ」
 もうそんな義理一切ないというのに、昔からの癖というか習慣で付き合わされる形となった私は、奢ってもらった抹茶フラペチーノをストローでかき混ぜながら同じくため息交じりに相槌を打った。
――また始まった。
「あの美しい土気色の肌、虚ろな目、地の底から響くかのような愛しい声、かぐわしい体臭、全部失う羽目になったのだぞ。お前も少しは嘆け」
――それの、どこがいいのか全く分からない。私の黒歴史だ。
 その死体しか愛せない性癖、今のこの世界には合わないので早急に矯正してほしい。
「失ったら失ったでまだしも、それを覚えたままこうしてそれを嘆きながら一から生き直さなければならないとは。嘆かわしい」
 まーくん、こと『元』死体卿はそう言って慎重にカフェオレを口につける。続けて、「あちっ」と小さな声が漏れた。
――猫舌な癖にホットが好きなところまで変わってない。
 私だって嘆きたい。
 やっと死ねて楽になったのに、まさか因縁の相手と一緒に別の世界に転生してやり直しなんて。おまけに延々と付きまとわれて未練がましく愚痴られるとか。
はーやってらんねー。
 思わず口の中で呟いて、フラペチーノで流し込む。まあ奢ってくれるから、まーくんの方はまだマシだ。
「レイ! やっぱりここにいた!」
 ああ、マシじゃない方まで来てしまった。ここまでいつものパターン。
 こちら、『ゆーくん』。私の、今も昔も幼馴染。
「来たか。お・と・う・と、よ」
 まーくんが椅子に座ったまま顎を少し上げ、見下す目つきでゆーくんを見た。きぃっと押し殺した怨嗟の声がゆーくんの口から洩れる。
「たかだか三十分の差で兄ぶるな!」
頼むから煽らないで欲しい。なるべく気配を消して端の席にいるのに、向こうの席にいる同じ学校の子に気づかれてしまうじゃないの。「白王子(ゆーくん)と黒王子(まーくん)が一緒にいる!」なんて不穏な声が聞こえてきちゃったら巻き込まれる前に全力で逃げなきゃいけない。鞄を引き寄せた。
 死体卿に村が焼かれたあの日、隣の町まで仕入れに行って難を逃れた前世のゆーくんはその後死にきれなかった私を殺し、死体卿を倒してみんなの仇を取ったらしい。相打ちだったらしいけど。
 そんな英雄が、なんの因果か来世で死体卿の双子の弟に生まれてしまうなんて。
「いい加減レイに付きまとうのはやめろ!」
「付きまとってはいない。俺が俺の所有物を連れまわしているだけだ」
だれが所有物やねん。奢ってくれるからついてきただけです。
まーくんは私の後ろから肩に手を回すと、そのままつつっと頬を撫でた。
「こいつの死後はずっと俺のものだ」
「……やめて」
 短く言って手をたたき落とした。が、こいつ悦んでるな……。
 そりゃあ確かに死後で間違いはないんだけど、生きてるから性癖に刺さらないはずなのにな。
「違う」
 ゆーくんの声が一段と低くなる。
「お前のものなんかじゃない。レイは……レイは……」
 唇を真一文字に引き結び、握りしめた拳が震える。爆発しそう。
「はー、面倒なやつだな」
 そっくりそのまま返してやりたいセリフをまーくんは言うと、まだ少し残っているカフェオレを私に押し付ける。
「仕方ない、貸してやろう。お兄ちゃんだからな」
――だからそういう扱いをやめろと。
 言いたいことだけ言って去っていったまーくんをゆーくんは追わず、代わりにすとんと落ちるように隣に腰かけた。
「ええと、ゆーくん?」
 無言だ。よく見たらちょっと涙目になっている。なんと言って慰めたらいいか私にはわからずにまごまごしていると、彼の手が私の手を握り締める。
「今度こそ、君を守るから。もう二度と、あんな目には」
――トラウマが重たい。
 前世に比べ今のこの平和な世界では、重たすぎる決意だ。
 ここにはもう死体が好きすぎてそこにちょうどいい力を持つ死体卿はいないし、彼にだってそれを殺すために手に入れた神さまの加護はない。もう解放されたっていいじゃない。あなたも――私も。
「えと、その、ありがと……」
 心の傷の深い彼にむかってそう簡単に言えたのなら、私も楽になれるのにな。
 うつむくゆーくんの隣で言いたかったことと一緒に啜ったフラペチーノは、だいぶ溶けかかっていた。


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書いたの:2020/6/13
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