すとれいと・がーる

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 金切り声に慌ててTシャツを被った。
 女バスの更衣室を飛び出すと、取っ組み合いの喧嘩の決着がつく瞬間だった。
 勝敗の決めては和音の頭突きだった。石頭の京佳に全力で食らわしたようで、頭が割れたのは仕掛けた和音の方だった。

 ***

「はい、おしまい」
「ぎゃっ」
 ぺしりとシップの上から額を叩くと、和音は短い悲鳴を上げた。
「なにするんですかー」
「部の和を乱す奴にはお仕置きです」
 当然の抗議に対し、私は怒っていることを強調しつつ、救急箱の蓋をしめる。
 もう片方、京佳の方はひっかき傷で腕から血が出ていたので保健室に連行された。副部長に同じように叱られているだろう。私より、美千留は容赦がない。こてんぱんに叱られてるかもしれない。
「最初に乱したのはあっちです」
 不貞腐れて口をとがらせる和音を、どうしたものかと見やる。
「ふむふむ。なら詳しく聞こうか」
 訳を尋ねると、彼女はしまったと口をつぐんだ。
「……なんでもないです」
「なんでもなくあんな大乱闘起こすのかね」
「そうです」
 視線を逸らして頷く。強情な奴だなぁ。
 今にも泣き出しそうな顔で唇をかみしめているから、「腫れるぞ」とたしなめる。
 理由なら知っている。更衣室の前で喧嘩を始めるから丸聞こえだ。「なあ和音」と声をかけると、彼女はうっすら涙目でこちらを見上げた。
「私は君が思ってるほどすごい人間じゃないよ。京佳の言ってることは一理どころか二理三理、いや三年生があの場に居たら全員同意していたカモ」
 現に一緒に更衣室で聞いていた美千留には「まあ確かに」と苦笑いされた。これでも中学からの付き合いなんだから、少しはかばってくれたっていいのに。
 私をかばうのなんて、和音ぐらいだ。 ありがたいようで、先行きが心配になる。
 女同士の付き合いでは、意に沿わないことでも同意しなければならないことは多いと思う。
「聞こえてたんですか?」
 私の言葉の意図はややあって伝わり、和音は絶望的な表情をした。
「まあ、更衣室の真ん前でやられちゃねぇ」
 まったく気にしていないとばかりに肩を竦めて見せると、和音は気の強そうな顔で私を睨んだ。
「……全然、違います」
「何が?」
「先輩はすごいんです。えらいんです。だから部長なんです」
「はあ」
 呆れた声を出して、頬を掻いた。盲信。そんな風に慕われる理由は無いと思うんだけどな。
 全くもって私はすごくない。えらいのは確かだ。部長だし。でもえらいから部長なんじゃなくて、部長だからえらいんだ。その違いはすごく大きい。
「すごかないよ。私が足を引っ張ってるのは事実。結局先週の試合は得点に絡めなかった。挙句最後にはプッシングでバスカン。みすみす三点とられて、 せっかくの京佳の二点をチャラにした。部長失格と責められたって、仕方ない」
 反省点を並べ、私は視線をそらし、棚の一番高いところに救急箱を仕舞う。未だ伸び止まらないくせにちっとも試合で有利にならないこの背なら、この場所は背伸びも踏み台もいらない。
 和音の視線が背中に刺さる。
「でも、あの試合、一番走ってたのは先輩でした。入っちゃったのは惜しかったけど、あそこはファウルしてでも止めなきゃいけないところでした」
 私はわざとゆっくり振り向いて、まっすぐ過ぎる視線を受け止めた。
 練習試合にしては、格上すぎる相手だった。公式戦でも、勝率はそんなに高くない。
 前半が終わった辺りですでにチームの空気からして負けていた。今のこのチームは気持ちが弱すぎる。
 負けは負けだ。弱点は見えた。公式戦までに克服する時間は僅かだがまだある。
「あたし、先輩のそういう、諦めの悪いところ、大好きです。それをバカにした京佳は、許せません」
 ほめてるんだかけなしてるんだかわからない。思わずあきれて笑っていた。
――私も和音のそういうストレートなところ、好きだよ。
「なら、練習に戻るぞ。試合の借りは試合で返す。取っ組み合いと頭突きで返せるもんか」
 頭をポンとなでたつもりでいたら、こぶに当たったらしくて再び悲鳴が聞こえた。


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書いたの:2015/4/17
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