先輩の新しいペット

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 呼ばれれば、いや、呼ばれなくとも飲み会と聞けば必ず参加するあの先輩が、この忘年会シーズン一度も宴席に顔を出していないらしい。
「なんかペット拾っちゃって金欠なんだって」
「へえ」
 喫煙室の同期の雑談に勝手に「猫かな」と予想する。隙あらばうちの黒猫のワラビちゃんを自慢したい俺は昼休みに彼女に声をかけた。


「ああうん、クリスマスツリーを拾ったの」
「……は?」
 予想外の言葉に、ワラビちゃんの写真の詰まったスマホを取り出しかけていた俺はフリーズした。
 理解が追い付いていない俺はなるべく言葉を選ぼうとしたが、選べなかった。
「ええと、ゴミ捨て場で?」
 それは犯罪ですよと続けようとすると、先輩は「失礼な」とこちらを睨んだ。酒に酔って――と言われたら納得する程度にはフワフワに酔っぱらう人だったのだからそう思ったって仕方ないだろう。
「家の前にねー、拾ってくださいって箱に入ってたんだよ。もにゅもにゅ鳴いててさ、ひどいことする人がいるもんだよね!」
「……クリスマスツリーって言いましたよね?」
「言ったけど?」
 怪訝な顔で言い返されたので、おかしいのは俺なのかと頭が痛くなる。
「でもまさかあんなに餌代かかるなんて思ってなくてさー、君もペットいるんだっけ? 大変だよね」
 アルミホイルに包まれた手作りのおにぎりを開封しながら、先輩は小さくため息をついた。先月まではコンビニや近くの飯屋を利用している姿を見かけた気がするが、最近はそれらを使わず昼食は持参しているようだった。言われてみれば金欠が理由なんだろうと合点がいく。
「餌代……?」
 クリスマスツリーに? ますます訳が分からなくて俺は眉間を揉みこんだ。
「そう、私も知らなくってさ! クリスマスツリーってあの丸いボール食べるんだよね。オーナメント、ってやつ。最初は折角だし家具屋で買った可愛いやつをあげてたんだけど、だんだん金銭的に辛くなってきて……百均のは美味しくないみたいで吐き出しちゃうし」
 贅沢モノだよねぇと先輩はしけった海苔が貼りついたおにぎりにかぶりついて笑う。
「はぁ……」
「でも可愛いんだぁ、夜私が寝るときは歌ってくれるの。あ、動画見る?」
 見せてもらったスマホの動画では、頂上の星を振り落とさんばかりの勢いでぐねぐねと揺れながら、素っ頓狂なダミ声で「シュハキマセリ」と繰り返すもみの木がいた。


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書いたの:2023/12/13
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